2020年10月07日

【特別寄稿】 オペラの危機に ――コロナ禍の本質、およびオペラ上演の現状と可能性―― 香原斗志(音楽評論家・日本ヴェルディ協会会員)

 2020年1月下旬、私はイタリアに滞在していた。そのころのかの国は、新種のウイルスが流行していると伝えられていた中国の武漢の事態は対岸の火事で、当たり前の日常が当たり前に流れ、たけなわのオペラシーズンも、ひとつとして滞る要因はなかった。少なくともそう見えていた。ところが、それから1カ月もたたずにスカラ座が閉鎖され、オペラ公演は各地で中止に追い込まれ、新型コロナウイルスへの感染者が次々と重症化し、医療が崩壊した末に守られなかった命がおびただしい数におよんだのは、周知のとおりである。
 ちなみに私の最後の滞在地は、犠牲者が集中したロンバルディア州のなかでも、特に被害の中心地となったベルガモだった。むろん、そのときは私もイタリア人たちも知るよしがなかったのだが、ロンバルディア州ではすでに12月か、ひょっとすると秋から、中国経由で新型コロナウイルスが流入しており、私の滞在時には蔓延しているといえるほどの状況だったとされる。事実、私は帰国後、2週間ほど咳が止まらない状態が続き、家族にはそれ以上の症状が出た。機会があって抗体検査をした際、反応は陰性だったのだが、ある専門医の見立てでは、おそらく新型コロナウイルスに曝露していたと思われるが、日ごろわれわれが風邪を引いても抗体ができないのと同様、自然免疫で対処できたために陰性になったのだろう、とのことだった。
 それはともかく、ヨーロッパでオペラ公演が次々と中止になるのと軌を一にして、日本も同様の状況に追い込まれていった。とりわけ、2月26日に安倍晋三前総理が会見で「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期または規模縮小等の対応を要請する」と述べてから、状況が大きく変わった。その日、神奈川県立音楽堂での公演に向けて準備万端であったヘンデル「シッラ」の中止が発表されたのが象徴的で、その後は予定されていた公演のほとんどが中止を余儀なくされた。自粛ムードは3月に若干緩んだものの、感染者増加の流れを受けて東京都の小池百合子都知事が「いわゆるロックダウンなど、強力な措置をとらざるをえない」と発言するなどして、自粛ムードが大きく加速。リハーサルが進んでいた新国立劇場のヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」も3月25日に中止が発表され、4月7日には緊急事態宣言が発令されるにいたった。
 その後は、オペラにとって冬の時代が続いている。緊急事態宣言は5月25日に解除されたが、同時に政府の基本的対処方針が発表され、それにもとづくガイドラインによって劇場や音楽堂等では、収容率が定員の50%以内に制限され、そのうえ収容人員の上限は6月18日までは100人、19日からは1000人とすると決められた。オペラ公演は製作費がかさむため、こうした状況下で実現するのが極めて難しいことは言うまでもない。
ようやく9月19日から、感染リスクの少ないイベント、すなわちクラシック音楽コンサート等については、収容率要件が100%以内に緩和された。ただし、感染状況次第で収容率や人数上限等を見直す、と政府は留保をつけている。また、新国立劇場にとっては8カ月ぶりの公演となった2020/21シーズン開幕を飾るブリテン《夏の夜の夢》が、オール日本人キャストでの上演を余儀なくされたように、外国人の入国が原則として拒否されている現状が、大きく影を差したままである。
 では、この新型コロナウイルス禍において、日本および海外のオペラ公演は具体的にどのような困難を強いられているのか。出口はどの方向に、どう見えているのか。それを具体的に述べる前に、このウイルスの正体について考察し、われわれはそれとどのように向き合うべきなのか、考えることにしたい。

芸術を「不要不急」の名のもとに放棄させた痛手

 8月25日に厚生労働省が発表した人口動態統計によると、今年6月の死者数は10万423人で、昨年同月とくらべて1931人減っていた。実は緊急事態宣言が発令中だった5月の10万8380人という死者数も、昨年同月比で3878人減っており、4月こそ前年より増えていたものの、その数は423人にすぎない。社会の高齢化が進むなかで月ごとの死者数は前年を上回るのが当たり前だったが、コロナ禍においては、むしろ減っていたのである。
 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、われわれの当たり前の日常は損なわれ、オペラをはじめとする芸術は、表現することも鑑賞することも「不要不急」の事案とみなされて、自粛の対象になった。その状況は多少緩和されてきたものの、上に記したように、いまなお大きな制限下に置かれている。しかし、「命を守る」という大義名分のためには、われわれが当然の権利として疑うこともなかった日々の営みが失われることも、営々たる努力をへて習得した表現力――それは努力によって勝ちとった食い扶持でもある――を放棄することも、致し方ないこととされてきた。しかし統計を見るかぎり、命は守られており、そればかりか、命が危機にさらされているとは思えない。
 感染症対策のおかげで死者数が抑えられたのではないか、とみる向きもあるだろう。しかし、その対策は、人と人との当たり前の交流が断たれ、子どもの学びの機会が奪われ、ある人には生きがいで、ある人には人生そのものである芸術が「不要不急」という言葉のもとに放棄させられるという、取り返しがつかないかもしれぬ痛手を伴った。そして、われわれの社会はいまなお痛手を負い続けている。守るとされた「命」はそれほどの痛手を負ってまで死守すべきものであったのか、よく考える必要があるだろう。
 というのも、8月の自殺者数は1849人と、前年同月比で246人増えてしまった。現在、日本の失業率は2.9%だが、年内に4%程度にまで上昇し、最終的には5%に迫るという見方をするエコノミストが多い。失業率が1%上昇するごとに自殺者が4000人程度増えるといわれるから、新型コロナウイルスへの感染が直接の原因である死亡者は増えなくても、タイムラグをへて、対策によるダメージが原因の死者が増えてしまう危険性が高い。
 一方、東京都の発表では、新型コロナウイルスに感染した結果亡くなった人の平均年齢は79.1歳(7月31日現在)。しかも、その過半は複数の基礎疾患を抱えていた。すなわち、すでに予後が悪いと考えられていた人たちである。
加えるなら、死亡者の平均年齢が80歳前後で、その過半が複数の基礎疾患を抱えていたという点は、死亡者数が日本とくらべてけた違いに多いヨーロッパ各国にも共通した傾向である。
 新型コロナウイルス禍が訪れる前までは、体を動かし、人と接触し、芸術等に触れて刺激を受け続けるのが長生きの秘訣だと、しきりに喧伝されていた。ところが、いまは「新しい生活様式」が推奨されるなかで、高齢者にこれまで勧めていたのと正反対の生活を強いている。その結果、短期間に急速に衰えた人が多いと、複数の医師から聞いた。「命を守る」ための「新しい生活様式」のもと、楽しみにしていたオペラ公演に行けなくなり、身を守るために家に閉じこもって人との接触も断ち、結果として衰弱してしまったなら、それほどの皮肉はないではないか。

生活の全方位にリスクはある

 つまるところ、現在までの新型コロナウイルス対策は、過剰だということだ。流行性インフルエンザとくらべるとわかりやすい。毎年冬に流行するインフルエンザは、新型コロナウイルス対策としてマスク着用や手洗いが徹底された2019/20シーズンこそ、国立感染症研究所が発表する推計感染者数は729万人だったが、2018/19シーズンは1210万人、2017/18シーズンは2257万人にもおよんでいた。死亡者数は近年、2000〜3000人台とされることが多いが、実はそこに関連死は含まれていない。つまり、インフルエンザをこじらせて肺炎で死亡すれば、死因は肺炎とされる。関連死を含めれば、インフルエンザに感染しての死亡者は、毎年優に1万人を超えるとされる。
一方、新型コロナウイルスは、これまでのところ感染した人が亡くなれば、すべて新型コロナウイルスによる死亡者として集計されているが、実態は関連死が圧倒的に多く、それでも日本における死亡者数は現在までに1500人超である。命が失われずにすむことが望ましいことは論をまたないが、一人一人の命を本当の意味で等価にとらえ、種々の疾病に対してバランスよく策を講じるのであれば、インフルエンザも死にいたる病なのだから、もっと対策を講じるべきだったということにならないだろうか。現に今年は、厚生労働省によると9月13日までのインフルエンザの報告例はわずか7人で、例年の100分の1だという。おそらくはマスクや手洗いが励行されているおかげであろう。
インフルエンザも対策すれば流行を防げる、ということの証左だと思うが、これまでオペラの出演者がインフルエンザに感染し、数日間リハーサルを欠席しても話題にさえならなかった。また「命を守る」という錦の御旗があらゆる命に対して等価に有効であるなら、冬の劇場になんらかの注意が喚起されたり、正月の帰省に対する自粛が求められたりすることがあってもよかっただろう。しかし、われわれはインフルエンザに対し、今回の新型コロナウイルス対策と同等の向き合い方をしたことはない。
治療薬もワクチンもない新型コロナウイルスは、それらがあるインフルエンザにくらべれば怖れるべき対象だ、というのだろうか。しかし、治療薬とワクチンがありながら、毎年ほぼ3カ月で1万人が亡くなるインフルエンザと、それらがなくても死者は1500人ですんでいる新型コロナウイルスと、どちらがより恐ろしい感染症であるか、よく考えたほうがいい。ほかにも、たとえば肺炎球菌に感染して亡くなる人人が毎年約2万人、入浴中に死亡する人も同じくらいいるのである。
それでも、新型コロナウイルスはインフルエンザと比較にならないほど恐ろしいと思い込んでいる人が多いのは、感染症法上の扱いによるところが大きいと思われる。日本で流行する以前の1月28日に閣議決定された政令で、新型コロナウイルスは結核やSARSなどと同等の「2類感染症相当」とされ、2月13日には「2類感染症以上」と改められ、エボラ出血熱やペストなどの1類感染症ではじめて可能となる「無症状者への適用」が追加され、1類感染症にも認められない「外出自粛要請」も行えるようになった。ちなみにインフルエンザは「5類」である。未知の感染症であった時期にこう決められたのは致し方ないが、問題はいまに至るまで「2類感染症以上」のままであることだ。こう定められてのち、ダイヤモンド・プリンセス号の問題が起き、五輪が延期になり、志村けんさんが亡くなり、小池都知事が日々会見で感染拡大の怖さを訴え、このままでは42万人が死亡するという数理モデルが発表され、そうした状況を受けてメディアが恐怖を煽り、その間、多くの人は新型コロナウイルスの実態に目を向けないまま、恐怖心を募らせていったのだと思われる。
それでは、このウイルスの「実態」はどのようなものか。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授によれば、感染の原因は飛沫が圧倒的で、基本的に空気感染はしない。だから人ごみでないかぎり屋外でマスクをする必要はなく、屋内でもソーシャルディスタンスがとれていればマスクは要らない。逆にいえば、マスクをしていればソーシャルディスタンスも要らず、WHO(世界保健機関)がソーシャルディスタンスを求めるのも、マスクを着用する習慣がない欧米人を想定してのことだという。したがって、観客が声を上げないオペラなどの鑑賞は、マスクさえしていればまず問題なく、だれも喋らない環境下ではマスクの着用さえ意味がない。また、感染するとすればウイルスの保持者の近くにいる人にかぎられ、一度に何万人が集まろうと、感染者の周囲にいる数人がリスクにさらされるだけなので、イベントの人数制限自体、無意味だという。
どんなに気をつけていようとも感染者が出ることはある。だが、そのリスクをゼロにすることを前提にするなら、オペラ公演など二度と実現不可能になってしまう。これまでも劇場で、あるいはそこに向かう往復で、出演者や観客が種々の感染症にさらされることは少なからずあっただろう。その結果、奪われた命もあったに違いないが、そもそもわれわれの生活は全方位が各種のリスクに囲まれており、人間の生活はどんなときも、そのなかで営まれてきたことを忘れてはなるまい。

ゼロ・リスクを求めざるをえない公演再開

 さて、日本においてオペラ公演再開の口火を切ったのは、8月15、16、17日に新百合ヶ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワで上演された藤原歌劇団公演のビゼー《カルメン》だった。しかし、複数の歌手が歌うオペラ・アリアを聴けるコンサートとしては、そのひと月余り前の7月11日、東京文化会館で東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ!」が行われた。元来、その日は同じ会場で東京二期会がベルク《ルル》を上演する予定で、そのために押さえていた会場で、生の音と舞台の価値を、そこからしばらく遠ざかっていたわれわれ聴き手に再認識させたのである。
 ただし、感染者を出した組織が非難され、感染者その人までが誹謗中傷を浴びせられ、差別や偏見の対象になる日本の現況下にあっては、主催者は必要以上の注意を払い、ときに科学的な根拠の乏しい過剰な対策をとらざるをえない。そのコンサートでも、会場のスタッフは全員がマスクとフェイスシールドを併用しており、観客は入場前に手指をアルコール消毒したうえで検温を受け、チケットの半券も自分で切って渡した。プログラムも置かれたものを各自が受け取る仕組みだった。また、客席は前後左右が空席で、ステージ上の歌手との距離を保つため、1階の3列目までは空席になっていた。舞台上に置かれたオーケストラも、弦楽器は横80センチ、縦150センチ、管楽器は縦横に200センチずつの空間が確保され、「密」にならないように配慮されていた。
 藤原歌劇団公演《カルメン》の際も、会場ではほぼ同様の対策がとられた。また、オーケストラはオーケストラボックスの密閉空間を避けて舞台上に置かれ、歌手も合唱もフェイスシールドを着用し、ソーシャルディスタンスをとりながら歌った。
 こうした対策は、政府の基本的対処方針にもとづく「音楽コンサートにおける新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」に沿って行われたものだが、東京二期会のガラ・コンサートが開催される少し前から、はたしてクラシック音楽の演奏会においてソーシャルディスタンスは必要か、という疑問が投げかけられはじめていた。そして6月22日には、クラシック音楽公演運営推進協議会や一般社団法人日本管打・吹奏楽学会が中心となり、「♯コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」、すなわち感染リスクを抑えながら音楽活動を再開するためのプロジェクト・チームが結成された。
 現在にいたるまで、演奏会やオペラの主催者はゼロ・リスクを念頭に置いていると思われる。上記したように感染が非難や差別の対象になるという状況にあるかぎり、主催者が神経質になるのは致し方ないだろう。そんななか、このプロジェクトでは「ゼロ・リスクを目指すのではなく、感染リスクの低減を計りながら、音楽性の追求・興行の成立とのバランスを考えた現実的なものを目指します」と謳われていたのが注目される。
 そして7月11日から13日にかけ、長野県茅野市の新日本空調研究所内のクリーンルームで、聴衆間および奏者間の距離を比較、検討し、そこから発生する飛沫を視覚化されないものまで含めて測定する実験が行われた。その結果、客席についてはマスクを着用していれば、1席空けた着席でも、連続する客席でも、飛沫などを介する感染リスクに大きな差がないことが示された。
また演奏者に関しても、弦楽器、木管楽器、ユーフォニアム、チューバは従来の間隔で演奏しても、ソーシャルディスタンスをとった場合とくらべて飛沫などを介する感染リスクが上昇するデータは示されなかった。ホルンはほぼ同様ながら、換気の確保により一層留意する必要はあるとされたが、トランペットとトロンボーンについても、前方20メートルの測定点で飛沫は観測されず、左右後方についても従来の間隔で演奏した場合とソーシャルディスタンスを確保した場合で、有意な差は見られなかったという。
 ここにきてイベントの人数制限が緩和されたのも、関係団体のこうした取り組みの働きかけが有効に左右した結果だろう。3月以降では、新国立劇場で10月4日に開幕する《夏の夜の夢》が、客席の間隔を空けずに上演される初のオペラ公演となりそうだ。ただし、1階1列から3列は飛沫を浴びるリスクを回避するために空席とされる。上記のプロジェクト・チームでは、今度は9月下旬に前回と同じクリーンルームで、今度は歌手や合唱から発生する飛沫を測定する実験を行った。新型コロナウイルスの最大の感染源が飛沫である以上、歌唱のリスクをゼロにするのは困難だろうが、このプロジェクトの「安全に音楽活動を再開してゆくには、新型コロナウイルスの感染リスクを科学的に評価し、対策をとることが必要」だという姿勢に期待したい。これまでは日本人が抱いてしまった恐怖心に向けての対策が多く含まれ、科学的な評価は脇に置かれていたと思うからである。
 公演を採算ベースに乗せるのが困難になっている原因は、座席の問題だけではない。たとえば、消毒も重い負担になっている。床と壁を消毒すると1平方メートルあたり500〜600円ほどかかり、さらに座席の消毒も加えると、200席程度のホールで20万円近い金額を要するというのだ。PCR検査を行えば、一人につき3万〜4万5000円ほどの負担増で、フェイスシールドを着用するなら一つ3000〜4000円と、金額はどんどんかさむ。しかし、それらが科学的な観点からは不要だとすれば、芸術が意味なく抑圧されていることになる。

METの全シーズンがキャンセルされたアメリカの現状

 一方、新型コロナウイルスに感染しての死亡者数がすでに20万人を超えたアメリカでは現在、すべての劇場が閉められている。さらに、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)が2020/21シーズンをすべてキャンセルすると発表したのは衝撃であった。当初、METは12月31日に開幕を延期すると発表した。あるいは12月が無理であれば2月に、という方向で検討していたが、多くの州で感染が収まらない状況を鑑みて、最終的にすべてをあきらめ、そのかわりに2021年9月27日に始まる2021/22シーズンは。フルラインナップで行うという方向に切り替えた。
 現在、METは過去の上演のストリーミング配信および、ヨナス・カウフマンらソロ歌手に無観客の教会などで歌ってもらい、その映像をオンラインで流すことが活動の中心になっている。あと1年近く、その状態が続くということだろうか。
 ちなみに、METの音楽スタッフは3月に劇場が閉鎖された際、オーケストラや合唱を含めて全員が解雇されている。ただし再開するときには再雇用されるという条件つきで、健康保険料や社会保険料は引き続きMETが支払っている。雇用を守り続けるよりもスタッフが失業保険を申請したほうが事実上、実入りは多くなるという判断である。また、ピーター・ゲルプ総裁は自身の給与を全額返還している。ゲルプ総裁の年俸は日本円に換算して3億円程度、フリンジ・ベネフィット(賃金や給与以外に提供される経済的利益)を加えると5億円程度だったという。
 目下、アメリカは最悪の状況にあるが、しかし約150団体が所属する業界団体「オペラ・アメリカ」が頼もしい存在だ。廃業を模索する音楽家が少なくないなか、オペラ・アメリカは失業保険の申請の仕方や、NPOの助成の受け方などをオンラインで事細かく手ほどきしているばかりか、実際に政府や政党へ支援等を働きかけているという。あるいはオーディションを受ける際の録音の仕方、照明の当て方などを、マニュアルを配って手ほどきするなど、かゆいところに手の届くサービスが、いまだ出口が見えないなかで苦しむ音楽関係者にとっての救いになっているようだ。
 その点では日本の状況は厳しい。日本人オペラ歌手を大きく三つに分類するとしよう。新型コロナウイルスの感染拡大前も恒常的に歌う仕事があった「売れっ子」は、演奏会の再開とともに仕事は回復しつつあり、苦境を乗り切れる人が多そうだという。また、全収入のうち歌うことで得ているものが数%程度にすぎない人たちも、さほど打撃を受けていない。最も困難なのはその中間に位置する歌手たち、すなわち歌による収入に頼っているが、それだけで生活するのは困難で、アルバイトで補っている人たちである。歌による収入はほぼ途絶え、演奏会が再開されても売れっ子から声がかかるため、仕事はなかなか戻らない。そのうえ、結婚式の聖歌隊や音楽教室の先生やスタッフといったアルバイトも失われている。
 実は、この中堅層こそが演奏家のボリュームゾーンであり、彼らがいるからこそ日本の音楽界に厚みが担保されるのだが、コロナ禍において最も打撃が大きく、精神的にも折れているのがこの層なのだ。
 そういう人たちからは、オペラ・アメリカの存在をうらやむ声が聞かれた。日本でも公演主催団体などで組織された「緊急事態舞台芸術ネットワーク」が、文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」の申請方法を指南するなどしているが、この組織はBunkamuraが世話人になっているのを除けば、クラシック音楽関係者が関わっていない。それに文化庁の支援事業自体も問題が多い。総予算500億円をこえる助成金は、事前の予想に反して消化できずにいるが、原因は制度が複雑でわかりにくく、助成金を得ようとするほど損をする構造だからだという。
積極的に活動する芸術家個人への支援は一人150万円まで、団体との共同申請の場合は1団体と9個人に対して計1500万円までの支援を打ち出している。ところが、この助成金の3分の1は公演自体ではなく、消毒やPCR検査の費用など感染対策を支援するためのものなのだ。しかも申請した芸術家自身は、そのプロダクションが助成対象として認められても、自身の出演料への助成は申請できないなど矛盾だらけで、費目の制限についても評判が悪い。たとえば、小売店で買った商品は対象になるが、オークションでマイクなどを購入しても対象外。また、一品あたりの上限が10万円なので、動画配信などに使うPCなどを買うには足りない。さらには、そうした条件に納得して申請しても、8割以上は「件名を○○公演ではなく、○○公演の再開に向けて、と書き直してください」などと、提出書類の修正を求められ、認可が下りるまでにも1カ月以上かかることが多いという。
文化庁の役人が、二期会会員である歌手が、会費を払って二期会に所属していることを知らず、二期会から給与をもらっていると勘違いしていた、という話も聞いた。そうであるなら、助成事業のピントが外れるのも納得できる話である。そうしたなかで心が折れる人も現れており、音楽をめぐる状況がコロナ以前に戻るまでは、実のある支援が行われることを願わざるをえない。

公演を重ねながら今後を模索しているヨーロッパ

 ヨーロッパでいち早くオペラ公演を再開させたのは、7月にヴェルディ《ラ・トラヴィアータ》を上演したマドリッドのレアル劇場だった。一部の客席を封鎖し、2席ごとに空席を設けるなどして、1公演当たりの収容人員が減ったかわりに、公演数は25におよび、キャストはマリナ・レベカのヴィオレッタをはじめ4つの組に分かれていた。残念なのは9月20日、観客が、座席が混みあいすぎていると観客が抗議し、ヴェルディ《仮面舞踏会》の上演が中止に追い込まれたことだ。この公演もアメーリア役が4人も用意されていたが、7月と異なっていたのは、マドリッド市は9月に規制を緩和し、収容人員の上限が75%にまで緩和されていたことだ。当日、レアル劇場の客席は上限を下回る65%程度しか埋まっていなかったのだが、スペインでは9月に入って新型コロナウイルスへの感染者が増えている。このため、従来を超える客席の混み具合に観客が不安を覚えたようだ。
 加えるなら、一つの役に4人ものすぐれた歌手を呼べるのは、新型コロナウイルス禍において、歌手のスケジュールが押さえやすいからであろう。
 ウィーン国立歌劇場は9月から、やはり客席は間引きながらではあるが、従来通り毎日の公演を再開した。しかし、ヴェルディ《トン・カルロ》の公演をめぐっては騒動が起きている。合唱の人数が多すぎて舞台が「密」になるため、舞台上でマスクを着用するべきだという意見が投げかけられ、それでは公演にならないという主張もあり、大もめになってしまったのだ。ウィーン国立歌劇場では出演者は合唱も含め、4日に1回はPCR検査をしているのだが、それでも不安を覚える人が多いのが現状なのだろう。
《ドン・カルロ》といえば、モスクワのボリショイ劇場が9月6日、この役でシーズンを開幕した。エリザベッタはロール・デビューだというアンナ・ネトレプコ。彼女は新型コロナウイルス禍においてもあえて引きこもることを嫌い、精力的に活動してきたが、フィリッポ2世役のイルダル・アブドラザコフが新型コロナウイルスに感染したため、公演は9月10日に中止された。その後、ネトレプコも感染し、肺炎で入院していることを自らインスタグラムへの投稿で明らかにしている。さらには夫でドン・カルロ役のユシフ・エイヴァゾフも感染したが、幸いなことにいずれも軽症だという。
 ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)、マチェラータ音楽祭、アレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭、トッレ・デル・ラーゴのプッチーニ・フェスティヴァルなど、夏の音楽祭の多くが規模を縮小しながらも開催されたイタリアでは、9月4日にミラノ大聖堂で演奏されたヴェルディ《レクイエム》で秋のシーズンを開幕した。スカラ座の舞台を使った公演としては、9月にズービン・メータ指揮の《ラ・トラヴィアータ》、10月にリッカルド・シャイー指揮のヴェルディ《アイーダ》というラインナップだが、新型コロナウイルスへの感染防止という観点から、コンサート形式となった。座席は1800席のうち740席しか埋めないので、採算ととるという観点からはかなり困難な状況にある。ドミニク・マイヤー総裁は「12月7日の2020/21年シーズン開幕からは、満席にできること望む」と語っているが、まだ先は見えていない。
 実際、イタリアの各歌劇場はほとんどが、収容人員を抑えたり、演出を簡略化したりしながらオペラ公演を行っているが、例年であればすでに発表されている来期のラインナップは発表されていない。それだけ先行きが見通せないということである。そんななか、ROFが11月に脇園彩がロジーナを歌うロッシーニ《セビーリャの理髪師》を上演し、アカデミーを開催して発表公演のロッシーニ《ランスへの旅》を上演するのが注目される。また、日本では、文化関係の諸団体や興行会社の苦境が心配されるが、イタリアの劇場は――ヨーロッパ各国の劇場に概ね共通することだが――、政府からの補助金等により、少なくとも経営上の危機は回避できているのを、日本に住まう者として羨ましく思う。

 現在、ヨーロッパではフランスやスペインを中心に感染が再燃している。このため、たとえばイタリアでも、これらの国からの入国者には空港でPCR検査を受けることが義務づけられ、その結果が陰性であっても14日間の待機が奨励されている。だが、1日あたりの感染者数はロックダウンが行われる以前を超えても、死者はそれほど増えていない。
オペラをはじめ西洋音楽はヨーロッパ(あるいは欧米)に淵源がある以上、ヨーロッパの状況が収束し、さらに演奏家や鑑賞者が欧米との間を自由に行き来できるようになるまでは、正常化したとはいえず、日本における正統的な発展にも限界が生じる。正常化がいつになるのかまだ見通せないが、すでに記したように、新型コロナウイルスが当初懸念されたような強毒性のものではなく、死にいたる病とは呼べないという認識は、日本はもちろん各国の政府の間で広く共有されるようになってきた。
加えて、日本を含む東アジア圏に関しては、BCGワクチン接種の影響なのか、人種に備わるなんらかの優位性によるのか、この地域で過去に流行したウイルスを通して形成されている抗体のようなものの効力なのか、現状では理由を特定できないものの、欧米にくらべて感染しにくく重症化率も低いことが、統計上明らかになっている。市中に存在するウイルスの絶対量が欧米にくらべて圧倒的に少ない、ということが考えにくい以上、冒頭で私自身の例を記したように、風邪をひいても自然に治癒するのと同様、われわれは多くの場合、新型コロナウイルスに自然免疫で対処できていると考えるのが合理的ではないだろうか。私は素人なりにそう考えている。
近くスポーツ選手や演奏家などが、入国後に14日間の隔離をへることなく活動できるようになる、という話も聞く。上に記した日本の優位性も踏まえながら、実現不可能であるばかりか、かえってほかのリスクを増大させるゼロ・リスク追求という愚を避け、科学的な評価に立脚した冷静な視点から公演および音楽活動が再開されていくことを、切に願わざるをえない。                    (かはら・とし)
posted by NPO日本ヴェルディ協会 at 18:17| Comment(0) | オペラ考

2019年10月30日

ランカトーレ&ヴルタッジョ講演会(2019年10月29日)

 トリエステ・ヴェルディ劇場公演《ラ・トラヴィアータ》のために来日されたソプラノのデジレ・ランカトーレとバリトンのフランチェスコ・ヴルタッジョそしてピアノのロベルト・モレッティの各氏による講演会が、当協会の主催により2019年10月29日にイタリア文化会館アニェッリホールで開催されました。通訳は当協会会員の井内美香氏、司会進行は加藤浩子常務理事が担当。
日本でも人気があり、しかも東京公演では聴けないランカトーレさんが生出演するとあって当日は多くの非会員の皆様にもお集りいただき、入場者数240名という大盛況でした。
まずは、ランカトーレさんが《ラ・トラヴィアータ》で一番好きなだという第3幕のアリア<Addio del passato(さようなら、過ぎ去った日々よ)>を繰り返しつきで熱唱。
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その後で、対談に入りました。
ランカトーレさんは、2007年にベルガモ・ドニゼッティ劇場《ランメルモールのルチア》公演で初来日していますが、実は日本で聴衆の前で歌ったのはこのアニェッリホールが最初とのことです。そして、声の成熟とともに芸域を広げ、ヴィオレッタ役は2013年から歌い始め、日本での公演は今回で3回目とのこと。まずは、なぜこの第3幕のアリアが一番好きなのかと問われ
「第1幕とは違う、真実の魂の言葉が語られているから。特にいわゆる第2番に<(娼婦であったために)世間から遠ざけられた自分のお墓には、涙も花も、名前が刻まれた十字架も供えられない>という彼女の悲痛な心を歌う重要な歌詞があるので、私は必ず繰り返し部分(2番)も歌うようにしているのです。」
そして《ラ・トラヴィアータ》という作品については、「母も歌手で、私は小さい時から劇場で育ち、ヴィオレッタには3歳の時からあこがれてました。正しく歌えるようになる時が来るのをずっと待っていた役なのです。」と思いを語り、前々回のプラハ来日公演の時とはまた違ってきている印象を受けるが、という問いに対しては「役というのは子供みたいなもの。どんどん育っていくのです。
2013年から歌い始めたヴィオレッタの役も6年間で、声楽的にも精神的にも大きく成長しました。」
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 そこで、司会者から最近「ご結婚されたそうでおめでとうございます。」という話題を振られると、「結婚して精神的な安定を得られ、ますます芸に専心できるようになったと思います。夫も音楽関係者なので家庭でも音楽のことを忘れることはできませんが、幸いクラリネット奏者なので声は出しません。(笑)実は、私の父もクラリネット奏者だったのですよ。母はソプラノといってもドラマティックな方だったので、私が若くてレッジェロのソプラノだった頃、どうしてそんな高音が出るのかと聞かれて<父が出すクラリネットの音を受け継いだのよ>と答えたことがあったわ。(笑)」と、思いがけない楽しい話が飛び出しました。
 バリトンのヴルタッジョさんは、まだ若く(1982年生まれ)今まではベル・カントのレパートリーを歌ってきており、父ジェルモン役はこの日本公演が初めてとのこと。ジェルモンは悪役というイメージもあるが、どのように捉えているか、と聞かれると
「ジェルモンは世間的なことを気にする人物であり、そうした世間を代表しています。その彼が息子と別れてくれといってもヴィオレッタはなかなか承知しません。その時に彼が切り札として持ち出したのが、もう一人の娘が清純・無垢であるということ。自分はそうでないことを知っているヴィオレッタをそうやって説得していくのです。」
また、今まで歌ってきたベル・カントの諸役とヴェルディの違いは何かと聞かれ
「必要とされるベル・カント唱法や声楽技術においての違いはありません。違うのはより人間的な感情表現ではないでしょうか。」
 ピアニストのモレッティさんにも、ソロのピアニストと伴奏者としての違いや、《ラ・トラヴィアータ》の魅力について語っていただきました。
「一番の違いは呼吸ですね。ソロの場合は、自分の呼吸で演奏していればよいのですが、歌手の伴奏の場合は、歌手の呼吸に合わせて歌いやすいように弾く必要があります。また、本来オーケストラの曲をピアノで弾く場合は、できるだけその音色の特徴が出るように考えています。」
 対談のあと、《ラ・トラヴィアータ》の中でも中心となる約20分の大曲、第2幕ヴィオレッタとジェルモンの二重唱<Pura siccome un angelo (天使のように清らかな娘を)>を演奏していただきました。
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 そして、その興奮も冷めやらぬ中、司会者からサプライズの紹介がありました。本日の出演者3名の生まれ故郷シチリア最大の歌劇場、パレルモのマッシモ劇場が来年6月に《ノルマ》と《ナブッコ》で来日公演を打ちます。その《ノルマ》の主役を歌うランカトーレさんが、この作品で最も有名なアリア<Casta Diva (清らかな女神よ)>をこの場で歌ってくださるというのです。
 そして、モレッティ氏のカンタービレに満ちた美しい前奏に導かれてその演奏は始まりました。
ドラマティックなヴィオレッタの歌とはうって変わった神々しい祈りの曲が、素晴らしいスピアナート唱法で歌われ、大喝采のあと、この曲についてのインタビューも行われました。
 ランカトーレさんがノルマを歌い始めたのはつい最近、2018年からのこと。彼女にいわせれば故郷シチリア出身のベッリーニはベル・カントの「Il Re(王)」といわれる存在。その彼の作品の中でも《ノルマ》は別格の作品でいわば「La Regina(女王/王妃)」。それにふさわしい歌唱ができるようするには誰をお手本とすべきか、と考えたそうです。もちろんノルマといえばマリア・カラスですが、カラスの声はそれこそ別格で自分とはタイプが全く違うので、自分の声やスタイルに近いタイプの名歌手として、ビヴァリー・シルズとマリエッラ・デヴィーアを考えられたそうです。泉下のシルズさんに教えを乞うわけにはいきませんがデヴィーアさんはまだ健在なので、その教えを乞いました。そして、デヴィーアさんを表とするダブル・キャストの裏として《ノルマ》出演を果たしたのだそうです。そして、同じタイプとはいえ、師匠と自分にも違いはある。完璧なテクニックをもつデヴィーアさんのノルマが神々しい巫女であるとすれば、リリコの声を持つ自分のノルマはもっと人間くさい「女」としての側面を強調したものになると思います、とのことでした。バッティストーニが指揮をし《ナブッコ》も上演されるということで、来年のマッシモ劇場公演が待ち遠しくなる歌とお話を聞くことができ、大喝采のうちに講演会は終了しました。 (Simon)※
※この講演録は筆者が当日聞き取った内容に基づいたものであり、筆者の聞き間違いによる不正確な記述があるかもしれません。内容に関する責任は全て筆者にあります。
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2019年07月15日

小畑恒夫講演会<ヴェルディ「中期三大傑作」のルーツ〜パリの大衆演劇、メロドラム>(2019年7月14日)

 7月14日(日)、日比谷図書文化館スタジオプラスで当協会理事長小畑恒夫の講演会が行われました。
ヴェルディの《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》(1953年初演)《イル・トロヴァトーレ》(1953)《リゴレット》(1951)は世界中で最もよく上演されるオペラで中期三大傑作といわれます。これらに《スティッフェーリオ》(1850)《ルイーザ・ミッレル》(1849)を加えた5作をヴェルディの「中期」「円熟期」の作品と小畑氏は考えています。これらの作品群によってヴェルディはそれまでのオペラにはなかった革新的な手法を確立し、オペラを声や音楽だけではなくドラマと密着した舞台芸術とすることに成功しました。
 これに先立ち、1847年7月から1849年7月までの約2年間、ヴェルディは後に妻となるジュゼッピーナ・ストレッポーニと同棲する形でパリに滞在して様々な刺激を受けます。その中のひとつが、当時パリで流行っていた大衆演劇「メロドラム」であったのではないか、というのが今回の講演のテーマでした。
 ラシーヌ、コルネイユらに代表されるフランスの古典劇が行き詰まり(モリエールからボーマルシェへと受け継がれてきた喜劇の方はある程度活力を維持していたが)、ユゴーの『エルナニ』によってロマン主義演劇が登場するまでの過渡期である帝政期に現れて大衆に支持されたのがメロドラムでした。メロドラム(メロドラマ)の「メロ」はギリシア語の「メロス(歌)」に由来し、「音楽付き」のドラマであったことが特徴です。役者によって語られるセリフによって劇が進行する点は普通の演劇と変わりがないのですが、効果音や情景を語るものとしてオーケストラによる音楽が演奏され、時によっては合唱が挿入されることもあったそうです。
ヴェルディが住んでいた頃のパリでは「犯罪大通り」と呼ばれる界隈にこうした大衆演劇を上演する「歴史劇場」「ポルト・サン・マルタン劇場」などの芝居小屋が立ち並んでいたそうです。ヴェルディはおそらくストレッポーニを案内役としてオペラだけでなくこうした大衆演劇にも足しげく通っていたことが当時の手紙から推察されるのでした。
 この日の講演では、当時のメロドラムに使われた音楽の楽譜がいくつか残っており、その中からヴェルディが自分のオペラに転用したと思われる譜例がいくつか紹介されたほか、中期5作品におけるメロドラムの手法の影響を受けたと思われる部分(主として歌らしからぬモノローグや対話が登場する場面の音楽の使われ方)についてDVD上映によって具体例が示されました。
 筆者にとっても非常に刺激的で新しい発見に満ちたお話でしたが、来場者のアンケートでも「斬新で興味深いテーマだった」「ヴェルディ協会ならではの内容だった」「内容が充実していて、しかもわかりやすく満足した」といった感想が聞かれ、好評でした。          (Simon)

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2018年10月07日

《群盗》レクチャー・コンサートを実施しました(2018年9月30日)

 2018年9月30日(日)に北区の旧古河庭園大谷美術館で《群盗》レクチャー・コンサートを実施しました。この大正6年竣工の洋館(旧古河男爵邸)で当協会がコンサートを行うのは3回目。ヴェルディ初期の珍しいオペラを紹介するレクチャー・コンサートとしては第2回にあたります。
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 当日は台風24号が接近する心配な天候の中、83名のお客様にご来場いただき、満員の盛況となりました。
 フリードリッヒ・フォン・シラーの原作による《群盗》は、ヴェルディの11番目のオペラで、彼が33歳のときロンドンで初演されました。そのせいか、イタリアでも滅多に上演されないこの作品ですが、イギリスでは高く評価する人も多いらしく、評論家のチャールズ・オズボーンはその著書の中で「ヴェルディの『苦役の時代』の中でも最も霊感に満ちた作品のひとつだと言い、かのバーナード・ショーが94歳で亡くなるまでピアノのそばに常に《群盗》のヴォーカルスコアを置き、折にふれて自らピアノを弾きながら歌ったというエピソードを紹介しています。
 当日は《群盗》作曲の経緯とあらすじ、楽曲の解説を実演つきで行いました。
 演奏は、アマーリア(ソプラノ)を照屋江美子、カルロ(テノール)を谷川佳幸、フランチェスコ(バリトン)を黒田祐貴、マッシミリアーノ(バス)とモーゼル(バス)を崎翔平、ピアノを高島理佐の皆さんにお願いし、解説は当協会専務理事の武田が担当しました。
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 実演したのは、第1幕からカルロ、フランチェスコ、アマーリアの各アリアとアマーリアとマッシミリアーノの二重唱、第2幕からアマーリアとフランチェスコの二重唱、第3幕からアマーリアとカルトの二重唱、第4幕からモーゼルとフランチェスコの二重唱、マッシミリアーノとカルロの二重唱、カルロ、アマーリア、マッシミリアーノの三重唱の9曲。いろいろな声種の組み合わせによる重唱曲の面白さを楽しんでいただく企画としました。
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 藤原歌劇団のコレペティトゥアとして経験豊かな高島理佐さんの素晴らしいピアノ演奏に乗って歌手の皆さんも熱気のこもった歌唱を披露され、ぜいたくな生演奏による「聴きどころつまみ食い」を堪能いただけたものと思います。
 コンサートのあとの懇親会は帰りの交通情報を気にしながらの少々慌ただしいものとなりましたが、参加者の皆さんからは大好評をいただき、「こんな良い曲をなんでもっと聴く機会がないのかしら」というコメントも聞かれたのは主催者としてたいへん嬉しいことでした。              (Simon)
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2018年07月01日

第3回寺倉寛講演会「青春のジュゼッペ・ヴェルディ」(2018年6月30日)

 アッバードからムーティの時代にミラノ・スカラ座オーケストラで25年間ヴィオラ奏者を務めた寺倉寛さんの講演会。2015年、2016年は大阪市立公会堂で開催しましたが、今回は大津市のびわ湖ホール小ホールで2018年6月30日に開催されました。今回も聴き手は落語作家の小佐田定雄さんです。
当日は15時からびわ湖ホール大ホールでバーリ歌劇場《イル・トロヴァトーレ》の公演があり、それに続けて19時からの本講演会ということで多くのお客様の来場が見込まれたのですが、天候のハプニング。夕刻に大きな雷雨があり、落雷の影響でJRや京阪が運休。オペラに来場していた人はよかったのですが、この講演会のために大阪・京都方面からの来る方に大きな影響が出てしまいました。それでも、寺倉さんの意向で講演会は定刻に開始しました。
「ミラノ・スカラ座はいつも定刻開始」というお話から対談はスタートします。イタリアでは珍しいことですが、スカラ座は20時の開演時間をきっちり守るのがトスカニーニ以来の伝統とのこと。小佐田さんがすかさず「日本では開演の合図にベルやチャイムが鳴りますが、スカラ座は、何も鳴りませんな。その代わりに、シャンデリアの明かりが点いたり消えたりする。あれはカッコええですなあ。」
(以下、「私」とは寺倉さんのことです。)
その開演時間とも関係ありますが、ある残念な事件を思い出します。スカラ座の音楽監督として19年間君臨したリッカルド・ムーティが2005年に解任されてしまいました。オーケストラ団員の圧倒的多数が不信任投票に賛成したため、と言われていますが、実態はそんなものではありません。本心からの反ムーティ派はほんの5〜6人だったのに、彼らが世間知らずの若い音楽家たちを説得して回った結果、ほとんど無関心だった8割の楽団員が不信任に賛成してしまったのです。もちろんこの解任劇の裏にはいろいろな政治的思惑も絡んでいました。私は(ムーティを支持する)残りの2割の方でしたので、よかった。今でもマエストロに顔向けできますからね。
さてその時にオケ離反の原因のひとつとして取沙汰されたのが「ムーティがスト破りをした」というエピソード。オーケストラがストライキを行った時に、ムーティがピアノ伴奏でオペラ公演を「強行してしまった」というものです。その日私は非番のためスカラの上階にあるリハーサル室で練習をしていました。どうも下の方でもめ事があるらしい、というのでオケピットの入口に降りて行ってみると、いつもなら開演15分前にもなると楽団員たちがウォーミングアップの音出しや練習をしているのに誰もいません。一方で客席にはお客が詰めかけ大変な熱気です。演目は人気の《ラ・トラヴィアータ》ということもあったのでしょう。ふつうなら、オーケストラがストライキを打つときには劇場側が事前に観客に告知して払い戻しの手続等をするものですが、何かの手違いでそれもなかったようです。開演時刻になっても空っぽのオケボックスを見て観客たちが騒ぎ始めました。総裁が舞台に出ていって事情を説明し、チケットは払い戻しますと言いますが誰も納得しません。総裁がすごすごと引っ込んだあとも席を立つお客はいないのです。場内はますます殺気立ってきました。これは大変なことになったと見ていると、舞台にピアノが1台運ばれて来ました。スカラ座にはスタインウェイのフルコンが5台あるのですが、それではなく練習用の標準サイズのグランドピアノです。そしてムーティがスコアを持って登場。歌手たちも登場して演奏会形式でのオペラ公演が始まったのです。観客たちは大喜びで、ことなきを得ました。ムーティはその場をおさめるために臨機応変の対応をしただけなのですが、結果的には「スト破り」のようなことになり、一部の団員に恨みが残ったという次第なのです。
通常オペラのソリストたちの練習は、コレペティトゥアという専門のピアニストによって行われるのですが、ムーティは必ず自分でピアノを弾いて稽古をつけていました。ですからピアノによってオペラ全曲を弾いてしまうのも彼にとっては造作もないことだったのです。
私は、アッバード時代の終わり頃にスカラ座に入りました。当時のオケはひどいもんだったのですが、それはアッバードのせいとはいえません。オケの組合と折り合いが悪くなっていて、彼はあんまり指揮をせず、客演の指揮者ばかりが交代で来ていました。マーゼルとかサバリッシュのような大物の時はまだいいんですが、それ以外の人は、やっぱり次も呼んでもらいたいものだからオケに遠慮して何も言えない。オケを甘やかしていたんですな。指揮者が棒を振り下ろしても音がいっぺんに出てこない。バラバラです。それをムーティが音楽監督になってから力関係が逆転、一歩一歩直して行って、オケも合唱もレベルが上がりました。
そんなムーティが解任されたときには、新聞の取材を受けました。名前を出さない条件で応じたのですが、翌朝の新聞をみると「東洋人の楽団員がこう言った。」と書いてある。まるわかりですわな(笑)。いろいろな人に「あれはお前か」と言われる。その時合唱団に韓国人がふたりいたので「彼らでしょう」といってごまかしました。
<小佐田さん>「そのミラノ・スカラ座に私も行かしてもらいました。3年前にこの対談を頼まれた時です。ヴェルディ協会の高岡さんに<平野に行ってもらえませんか?>と言われたので、平野やったら電車ですぐですから<ああ、ええですよ。>と答えたんです。ところがどうも様子がおかしい。<何日くらい休めますか?パスポートは持ってますか?>と聞かれる。これが平野やなしにミラノやったんですわ。(笑)」
 そうなんですよ。イタリア語はふつうアクセントが終わりから二番目に来る。だからミラノも「ミラーノゥ」と発音する人がいるんですが、これが違うんですね。「平野」と全く同じアクセントなんですわ(笑)。
<小佐田さん>「そのミラノで寺倉さんに会って、スカラ座の中も案内してもらいました。既に退職されてた後なんですが、劇場の人がみんな寺倉さんの顔を見ると<マエストロ!>といって声をかけてくる。たいへんなもんでしたな。」
 いやいやそんなエライもんやないんですが、長くいたもんですからね。
<小佐田さん>「それでそのスカラ座にはどんなきっかけでおはいりになったのですか?」
 大学(同志社大学工学部)のオーケストラ部でヴァイオリンを弾いたり指揮をしてました。そしてテレマン・アンサンブルに入れもらったのですが、その時にヴィオラをやれといわれて、10年やりました。それからミラノのヴィオラの先生のところに1年の予定で留学させてもらったのですが、スカラ座でヴィオラのオーディションをするので受けてみろと言われて受けたら受かってしまったのです。
 ヴィオラという楽器は、基礎技術がしっかりしていないと鳴らないのです。だからヴィオラを上手に弾ける人は、ヴァイオリンの初級・中級のいい先生になれます。
(その後会場からの質問コーナーで「指揮者の特徴について何か」という質問あり)
 指揮者というのは自分が表現したい音楽を体の動きに変換する、いわば一周の舞踏家のようななものです。その踊りの仕方に指揮者の個性が出るのですが、ムーティは一番音楽に忠実で動きが正確、わかりやすい指揮でしたね。カラヤンもそうです。
 でも、指揮者の仕事というのはそう単純なものではありません。動きが正確でなくても大指揮者だった人もいます。ジュリーニがその典型でしたね。見ていてもさっぱりわからない。それでも出て来る音楽はすごいんです。特に手兵のロスアンゼルス・フィルなどではそうだった。永年の付き合いでわかるんでしょうね。
 スカラ・フィルはアッバードが生みの親で、ジュリーニが産婆さん、ムーティが育ての親という感じでしたが、ジュリーニがよく振りに来ていました。指揮者のテクニックがなくても大指揮者だった数少ない例でしょうね。
(「イタリアのオペラハウスのランキングについてのご意見を」という質問に対して)
 やっぱりスカラがダントツですね。最近はイタリアのオペラハウスも完全な公営ではなく、半分は民営なんです。スカラはそのスポンサーがどんどんつく。オペラはお金がかかるものですから、やはりこの財政面で豊かというのがとても大きい。いい歌手を起用していい公演ができるのです。
(「《蝶々夫人》は日本人からみると変な演出が多いが」という質問に対して)
 私は最近の演出はよく知らないのですが、私がやっていたころは浅利慶太の演出でしたから、着物の着方とか、日本舞踊とか、特に変だということはなかったですね。日本人だからといって私が何か聞かれるということはありません。全部日本人の専門家が来て指導してました。
(「歌手についての思い出を何か、きかせてほしい」という質問に対して)
 やっぱりドミンゴでしょうか。とても人柄が良くて誰からも好かれていましたね。ある時、これは録音だったのですが、何回録りなおしてもうまくいかない、ということがありました。そのたびにオーケストラは何度も同じところ繰り返すわけです。それではオケの人たちに悪いからと言って、もうこれでいいです、と彼から言い出したことがありましたね。
 また、ある時、ドミンゴも歳をとってからはいつも調子がいいわけではありませんでした。まだテノールを歌っていた頃ですが、オペラの途中で声が出なくなってしまいました。彼はその時、お客さんに向かって「申し訳ないが、もうこれ以上は歌えません。すみません。」と言って謝ったのです。お客さんは暖かい拍手でこたえました。その後は代わりの歌手が引き継いで歌ったのですが、騒ぎになることはありませんでしたね。
 スカラの大向うというのはうるさいので有名です。ドミンゴは例外。ちょっとできが悪いとすぐにブーイングを喰らいます。若手の歌手なんかおそろしくていつもピリピリしてましたね。あのパヴァロッティも、高音を失敗してしまったことがありました。その時はひどいブーイング。それからパヴァロッティはスカラには出なくなりましたね。ドミンゴだったらああいうことにはならなかったと思います。
それからね、長いことやっていると、事故が起こることもあります。《トゥーランドット》の公演で、ディミトローヴァが歌っていて、ワンフレーズ飛ばしてしまったことがありました。指揮者はマーゼルでした。すぐに気がついてオーケストラを止めます。歌手はまだ歌っていますが、このままだと音楽が止まってしまいます。指揮者は「次は第何小節から」と声に出して指示するわけにいきません。こういう時にどうするのか。誰かがこのへんだろう、と見当つけて弾き始めるんです。それが合っていれば、指揮者はその奏者の方を向いて振り始めるんですね。その時はチェロの首席でした。彼が弾き始めたのを聴いて「ああここか」とわかった人から合わせていく。しばらくすると全体が音を出して元に戻っていくわけなんです。見ているのはパート譜なんですけど、みんな一流の音楽家ですからね、だいたいわかるんですよ。
(こうして、前半の対談は終了。休憩をはさんで、後半は実演を交えた「音楽ミニ知識」というコーナーが予定されています。ところが、寺倉さんは手ぶらで登場します。)
 前回はヴィオラ・ダモーレという楽器を演奏しました。最近は飛行機の機内持ち込みも厳しくなってきまして、この楽器がちょっと大きいので引っかかりました。家内がヴァイオリンだと言い張ったのでなんとか持って来れたのですが、持って帰るのも難儀なので日本に置きっぱなしにしています。練習する機会がありません。それで今回はこれの実演はできません。
(と言って何やらシャツの中から取り出します。)
みなさん、これがなんだかわかりますか?みなさんも小学生の頃、音楽の時間にやったでしょう。昔はスペリオ・パイプなんて言ってましたが、今はリコーダーと呼ぶみたいです。プラスチックでできたたて笛です。これもね、小学生が使うやつで、ケースの袋には「なんねん、なんくみ、だれだれ」と名前を書くところがついています。2,400円でした(笑)。イタリアでも子供はこれをやるらしくって、どこの家庭にいっても1本や2本はころがっているしろものです。今日はこれを使います。
リコーダーもアンサンブルで演奏することがありますが、今日は1本しかありません。「無伴奏」の音楽について考えてみたいと思います。「無伴奏」といえばバッハが有名ですね。ヴァイオリンやチェロ、フルートなど、単旋律の楽器をつかってすぐれた音楽を書いています。
絵画でいえば、オーケストラは総天然色の油絵といったところ。それに対して「無伴奏」は墨絵のようなものでしょう。名人が描いた墨絵が色を感じさせるように、名手が奏でる無伴奏は、他の音も聞こえてくる。聴いている人の想像力を刺激するのです。
これは、落語のテクニックにも通じるところがありますね。落語はひとりの演者が顔の向きをちょっと動かすだけで、いろいろな人物を描きわけます。例えば、ツネやんのセリフがヴァイオリンの主旋律だとするおt、親旦さんのセリフはチェロ、キー坊のセリフはヴィオラのパート。これらを混ぜて演奏して、聴き手の頭の中で組み立ててもらうのです。
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・・・・・と言って、寺倉さんは「G線上のアリア」で知られるバッハの管弦楽組曲第3番のアリアのいくつかの声部を混ぜたものをリコーダーで演奏してみせる。そのあと、さらに管弦楽組曲第2番などよく知られた曲を組み合わせた「プラスチックの笛のための組曲」をリコーダーで演奏。音楽の組み立て、骨格というものが「無伴奏」の形式でよく見えてくる、という実演によりユニークな講演会は大拍手のうちに幕を閉じました。
                                  以上 (Simon)

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