2017年10月19日

パルマ・フェスティバル・ヴェルディ2017

 ヴェルディの誕生日(10月10日)を記念して、その前後にパルマとブッセートではパルマ・テアトロ・レージョ(王立劇場)が主催するフェスティヴァル・ヴェルディが毎年開催されます。今年の音楽祭の期間は9月28日から10月22日まで。筆者は10月11日から16日までパルマに滞在し、下記3公演を聴きました。
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1.《イェルサレム》(2017年10月12日、テアトロ・レージョ)

 ガストン(ベアルヌの子爵):ラモン・ヴァルガス   
トゥールーズ伯爵(十字軍の司令官):パブロ・ガルヴェス
 ロジェ(トゥールーズ伯の弟):ミケーレ・ペルトゥージ  
エレーヌ(トゥールーズ伯の娘):アニック・マシス
 アデマール・ド・モントゥイユ(教皇特使):デヤン・ヴァチコフ
 レイモン(ガストンの侍臣):パオロ・アントニェッティ
 ラムラの太守:マッシミリアーノ・カッテラーニ
 太守の家臣:マッテオ・ローマ 伝令/兵士:フランチェスコ・サルバドーリ
指揮:ダニエレ・カッレガーリ  演出:ウーゴ・デ・アナ
 照明:ヴァレリオ・アルフィエーリ(プロジェクト・デザイナー:セルジョ・メタッリ)
 振付:レダ・ロジョディーチェ  合唱指揮:マルディーノ・ファッジャーニ
 アルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー交響楽団  パルマ王立劇場合唱団
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 《イェルサレム》はヴェルディが34歳の時にパリのオペラ座のために作ったオペラで、めったに上演されない作品であるため、筆者もナマで聴くのはこれが初めて。ヴェルディがパリに滞在していた短い期間に仕上げる必要があったため、4年前にイタリアで大ヒットした《第一回十字軍のロンバルディアの人々》(以下《イ・ロンバルディ》と略す)を改編して作られました。このため、ヴェルディの正式の作品リストには入れないこともあるのですが、バレー曲をはじめとして新たに作曲した部分も多く、フランス語で歌われるということも相俟って、《イ・ロンバルディ》とかなり印象が違う作品になっています。筋書きも、登場人物を歴史上実際に第一回十字軍の中心人物であったトゥールーズ伯をめぐる人々に置き換え、《イ・ロンバルディ》に比べると無理のないものになっています。
 ガストン(T)、エレーヌ(S)、ロジェ(B)の3人が主役といっていいこのオペラの中で、この日は特にロジェを歌ったミケーレ・ペルトゥージの出来が良く、地元出身ということもあって大喝采を受けていました。ロジェは、姪にあたるエレーヌに横恋慕し、その結婚相手のガストンを無実の罪に陥れる悪辣な男ですが、後に改心して砂漠の隠者として聖人扱いされる、という単なる悪役ではない複雑な性格です。しかも恋敵役でもあるキーロールなので、ヴェルディ作品の通例であればバリトンがあてられ、トゥールーズ伯の方をバスが歌うということになりそうなはずですが、オリジナルの《イ・ロンバルディ》のパガーノもバス役であったことと、パリ初演のロジェを歌ったアドルフ=ルイ=ジョゼフ・アリザールという優れたバス・バリトン歌手がいたためと、思われます。ペルトゥージは、バス歌手としては低音の響きに特に凄みがあるというわけではないのですが、柔らかい発声でフランス語も巧く、しかもヴェルディらしい劇的な要素を陰影深く表現できていたと思います。
 ガストン役のラモン・ヴァルガスも、さすがに日本でもおなじみの一流歌手だけに張りのある声で安定感のある歌唱をみせてくれました。《イ・ロンバルディ》で主役テノールが歌うオロンテは、イスラム教徒側のため第2幕からの登場でしかも死んでしまって亡霊となるというやや傍系の役割ですが、この作品ではヒロインのエレーヌと恋仲のフランス貴族として第1幕から登場し、無実の罪を着せられて放逐されるという立場となります。つまり、オロンテよりもより一貫したオペラの主人公になるわけで、パリ初演でこの役を歌った名テノール、ジルベール・デュプレを引き立てる役作りになっているのです。ヴァルガスの存在感と役作りはそうした立場にふさわしいものになっていました。
 実は、このヴァルガスとペルトゥージのふたりについては、筆者は20年前(1997年11月)にニューヨークのMETでバルトリが《チェネレントラ》(レヴァイン指揮)に主演してセンセーションを巻き起こしたときに、ラミロとアリドーロで共演していたのを聴いたことがあります。(終演後に楽屋でペルトゥージにその話をすると彼もよく憶えていました。)まだ若くてロッシーニを軽やかに歌っていたふたりが、今や堂々たるヴェルディ歌いになっているわけです。あの頃に比べるとヴァルガスは体もずいぶん太めになりました。
 エレーヌのアニック・マシスは、以前に聴いた時に比べると特に前半が苦し気な発声に聞こえたので調子があまりよくなかったのか、美声ではあるのですがフランス語ネイティブのわりに言葉がやや不明瞭でした。それでも精彩を欠くというほどではなく、カーテンコールでも厳しいと言われるパルマの聴衆から暖かい喝采を受けていました。
 カッレガーリの指揮は手堅く、引き締まったもので、暗めの物語ながらフランス風の華やかなところもある音楽をうまく聴かせてくれました。特に、第3幕の太守のハーレムのシーンでは、かなり長いバレーシーンがあるのですが、緩むことなく緊張感を維持していたのはさすがだと思います。
 ウーゴ・デ・アナの演出は、彼のものとしては比較的奇をてらうところもなく、流行りの映像を使うもののそれだけにたよることないのダイナミックなものでした。たとえば、第2幕以降のパレスチナが舞台の場面になると、前方の紗幕に荒涼たる岩山の映像を写すとともに舞台には音をたてて砂が降ってきます。最初はそれも映像かと思ったのですが、登場人物たちの足跡がつくので舞台上が本物の砂で覆われていることがわかりました。中東の苛烈な環境を砂漠のイメージで強調し、十字軍や巡礼たちの置かれた厳しい状況がヴィジュアルにわかる仕組みです。
 舞台前面の紗幕は全幕を通して張られたままで、様々の映像がプロジェクションマッピングで投影されます。舞台が暗い時には映像が中心となり、明るくなると舞台の動きが中心となりますが、その中間の紗幕の映像と舞台の風景をダブらせる場面もあります。
 映像は、前述の岩山など情景を説明する画像のほかに、宇宙を運行する天体とその円の中心にキリストの顔が現れる画像や、ラテン語の文字、とりわけ「DEUS VULT(神はそれを望まれる)」という聖墳墓騎士団のモットーとその紋章(白地に大きな赤い十字架とその四方に小さい赤い十字架が描かれている)が繰り返し登場します。そこからは読み取れるメッセージはおそらく「多くの人々の命を落とし、苦しみを生んだ十字軍という壮大な企ては、本当に神が望まれたものだったのか?」という問いかけではなかったか、と思います。
 なお、パルマ歌劇場は現在、常設の管弦楽団を持たないため、地元のトスカニーニ・フィルを起用することが多いようです。合唱団は持っていますから、東京の新国立劇場と似たような体制です。
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2.《スティッフェーリオ》(2017年10月13日、テアトロ・ファルネーゼ)

 スティッフェーリオ(プロテスタントの牧師):ルチアーノ・ガンチ
 リーナ(その妻):マリア・カツァラーヴァ
 スタンカー(伯爵でリーナの父):フランチェスコ・ランドルフィ
 ラファエーレ(若い貴族、リーナの不倫相手):ジョヴァンニ・サーラ
 ジョルジ(老牧師):エマヌエーレ・コルダーロ
 フェデリーコ(リーナの従弟):ブラゴイ・ナコスキ
 ドロテーア(リーナの従妹):チェチリア・ベルニーニ
 指揮:グイエルモ・ガルシア・カルヴォ  演出:グレアム・ヴィック
 装置・衣装:マウロ・ティンティ  照明:ジュゼッペ・ディ・イオリオ
 振付:ロン・ハウエル       合唱指揮:アンドレア・ファイドゥッティ
 ボローニャ歌劇場管弦楽団・合唱団

 《スティッフェーリオ》の公演は、パルマ歌劇場ではなく、ファルネーゼ家のパルマ公、ラヌッチォ1世(1569-1622)の時代に作られたピロッタ宮殿という建物の中にあるファルネーゼ劇場で行われます。サッビオネータにあるテアトロ・オリンピコを一回り大きくした感じの古代様式の劇場ですが、17世紀の後半以降は劇場としてあまり使われず荒廃していたものをヴェルディの時代のパルマ領主マリア・ルイジア(ナポレオンの皇后だったハプスブルグ家皇女)が修復したものの戦災で再び破壊され、戦後に再現復旧したものです。平土間は舞台に向かって細長長方形で入口側が半円形となっており、周りを木製の階段状の客席が取り囲み、さらにその上は古代ローマ風の柱廊が2層あるため天井はかなり高くなっています。
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 今回のグレアム・ヴィックの演出では、この劇場の構造を大胆に使う刺激的なものでした。まず通常の舞台はプロセニアムの部分に大きな幕がかけられ使用しません。その幕の前上手側にオーケストラボックスが設置され、指揮者は平土間側に顔を見せる形で棒を振ります。さらに指揮者の姿を映すモニターが三方の壁にも設置されているので、場内どの方向を向いていても指揮者の姿を観ることができるようになっています。
 観客は平土間の好きな場所で立ったままオペラを観るかたちとなります。そうした観客たちで埋め尽くされた平土間のあちこちに高さが人間の肩くらいで広さがおよそ3m四方の可動式の台がいくつも浮かぶように置かれ、いくつかを組み合わせたり離れたりして様々の島を形づくります。島によってはベッドや机、十字架が置かれているものもあります。ソリストたちは主にこのさまざまに変化する島状のステージの上で歌い演技します。
観客たちはその島を取り囲んで鑑賞するので、オペラ歌手の足元、かぶりつきで聴くということになったりします。場内は非常に音響がいいので、歌手の後ろ側の位置でも声はよく聞こえます。またある歌手は遠く、ある歌手は近い場所で歌っていたり、合唱も平土間のある片隅にいたり階段席で歌ったりと場所を変えますが、意外に音はまとまって聞こえるのでそれほどバランスが悪くもならないのです。平土間にいると、木製の階段席が2〜3階の高さでちょうとラッパのように天井に向かって開き、さらにその上に大理石の柱廊が2階分垂直に立って木製の天井を支えているので、残響が大きすぎず小さすぎもしない、大きさもほど良いホールならではの演出法と言えそうです。
 観客は歩き回ることができるといっても実際には人込みの中なので、そう自由に動けるわけではありません。多くはその場に立ちつくして音楽に耳を傾けることになります。
 さらに油断がならないのは、入場パスを赤いストラップで首からかけた観客と全く同じ恰好をした役者や合唱団員が多数紛れ込んでいて、突然隣で歌いはじめたり、演技を行ったりするのです。演技も半端なものではなく、取っ組み合いのけんか、ゲイのカップルのキス、服を脱いでパンツ一丁の裸になり両手を広げて十字架のキリストのポーズをとる、といった刺激的なものなのです。
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 音楽をゆっくり鑑賞するのに最適な環境とはいえませんが、スリリングで新鮮な体験であることは確かで、パフォーマンスとしては非常に面白いものでした。上演機会が少ないヴェルディの作品をこのような形で演奏することには賛否両論あることは確かでしょう。例えば今回筆者がパルマでお世話になった声楽教師・コレペティトゥアの田中久子先生は、断固反対だとおっしゃっていました。ヴェルディの初期と中期傑作群の間の過渡期にあるこの作品は、繊細な音楽なのでもっと落ち着いた形できちんと提供すべきだ、とのこと。そのご意見にも一理あります。しかしながら私は、過渡期であるがゆえに素晴らしいところとやや退屈になるところが混在するこの作品を、こうした刺激的な方法で味わうのもひとつの芸術体験として「あり」だと感じました。
 このオペラのお話は、19世紀前半、オーストリア帝国内のスタンカー伯爵の城で城主の娘リーナの夫である牧師スティッフェーリオが布教の旅を終えて帰ってくるところから始まります。彼はこの地方のプロテスタント信者から熱狂的に支持され、尊敬されている人物なのです。ところが、実はリーナは夫の留守中に若い貴族ラファエーレに誘惑されて浮気をしてしまい、大いに反省中。そしてそれに気づいた父親のスタンカーは名誉を汚されたと怒っている、という設定です。有名な人格者の妻が不倫、といういかにも現代にもありそうなスキャンダラスなお話ですから、登場人物が現代の服装をしていることにもあまり違和感がありません。それに、もともとこの台本の原作となったフランスの小説および戯曲も当時の「現代もの」であったということもあります。聖職者が結婚しており、しかも不倫される、劇中で離婚契約が署名される、など当時のイタリアの常識からすると破天荒な内容であり、検閲を気にしなかったのが不思議なくらい(実際、この作品は初演当時からずっと検閲に悩まされることになり、後にヴェルディは改作の《アロルド》を作りこの作品の上演はあきらめる)ですが、それだけに私生活でストレッポーニとの関係に悩んでいたヴェルディを惹きつけたお話でもあったわけです。
 そうした劇的で生々しい人間の悩める姿を描くことが目的であるとすると時と所の設定はどこでもいい、というのがヴィックの考え方なのでしょう。そして、手が届くような場所で歌手が熱演することにより、その生々しさも鋭く伝わってくるのでした。
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 歌手の中では題名役のガンチ(T)とリーナ役のカツァラーヴァ(S)がよく響くスピント系の声で好演でした。特にリーナは、劇的な表現力とアジリタの両方が要求される難役です。そしてこの演出ではかなりの演技力も要求されます。カツァラーヴァは容姿のハンデ(太目で大根足)を忘れさせる見事な歌唱と演技だったと思います。
 スタンカー役もバリトンとしてはテッシトゥーラが高く技巧的な歌唱を要求される難役です。ランドルフィ(Br)は、上述の二人に比べると声量は落ちるのですが、歌唱力と巧さでカヴァーして不足感はありませんでした。
 コンプリマリオ(準主役)のラファエーレとジョルジも充実。前者のサーラは、細身のイケメンテノールで、いかにも女たらしの軽薄な青年をうまく演じていましたし、後者ののコルダーロも、バスらしい深みのある声で主役を支えていたと思います。

3.《ファルスタッフ》(2017年10月15日、テアトロ・レージョ)

 ファルスタッフ:ミハイル・キリア フォード:ジョルジョ・カオドゥーロ
 フェントン:フアン・フランシスコ・ガテル カイウス:グレゴリー・ボンファッティ
 バルドルフォ:アンドレア・ジョヴァンニ ピストーラ:フェデリーコ・ベネッティ
 フォード夫人アリーチェ:アマリリ・ニッツァ ナンネッタ:ダミアーナ:ミッツィ
 クィックリー夫人:ソニア・プリーナ ページ夫人メグ:ユルジータ・アダモニテ
 指揮:リッカルド・フリッツア 演出:ヤーコポ・スピレーイ
 装置:ニコラウス・ヴェーベルン 衣装:シルヴィア・アイモニーノ
 照明:フィアンメッタ・バルディゼーリ 合唱指揮:マルティーノ・ファッジャーニ
 アルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー交響楽団 パルマ王立劇場合唱団
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 この日は、アリーチェ役のニッツァ以外はあまり有名どころの歌手は出ていませんが、歌唱も演技も巧者揃いで、指揮者のリッカルド・フリッツァの見事な統率のもと実に生き生きとしたアンサンブルを楽しむことができました。
 題名役は、他の公演日ではロベルト・ディ・カンディアが歌い、ミハイル・キリアは最終日のこの日のみの登場でしたが、他のキャストとの息もぴたりと合い、まだ若いはずですが堂々たる演奏でした。以前はファルスタッフというのはは功成り名遂げたベテラン・バリトンが最後に取り組む役というイメージが強かったものですが、ターフェルやマエストリ以降は、比較的若いうちからこの役に挑戦することが増えているようです。
 他のキャストの中では、フェントンのガテルとナンネッタのミッツィという若いカップル役のふたりが瑞々しいリリコの声で光っていたと思います。
 ヤーコポ・スピレーイ演出の舞台は、現代の英国への置き換えで、ウィンザーというよりはもう少し下町っぽい架空のロンドン近郊の町というイメージ。ナンネッタはダイアナ妃風の金髪ショートヘアに濃いアイライン、ミニスカートに厚底のブーツでしょっちゅうスマホをいじっている、といういかにもロンドンにいくらでもいそうな現代娘。一方のフェントンもキルト風ながらタータンチェックではなく黒革のスカート姿という現代青年。他の大人たちも現代風衣装ながらそれぞれの役柄をホーム・コメディー調に戯画化したような姿でなかなか楽しめました。
 全体として、指揮も演出も、ヴェルディ最後のオペラにして音楽的にも高度な作品に対する敬意は失わないものの、決して重々しくはなく、軽みと喜劇性を十分に表現するものになっていたと思います。
(Simon)
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2017年10月05日

第17回ヴェルディマラソンコンサート(2017年9月23日)

 日本ヴェルディ協会恒例のマラソンコンサートが、2017年9月23日(土・祝)にイタリア文化会館アニェッリホールで開催され、盛況のうちに終了しました。
 今回のテーマは「フランスの響き グランド・オペラ」と銘打ち、パリ初演から150周年にあたる《ドン・カルロス》のフランス語による初演版を抜粋で演奏しました。
 出演者は、上田純子(ソプラノ)、中山茉莉(メゾ・ソプラノ)、渡邊公威(テノール)、清水勇磨(バリトン)、妻屋秀和(バス)、高橋裕子(ピアノ)の皆さん。当協会理事長の小畑恒夫が解説を行いました。
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 普段聴きなれたイタリア語のミラノ版(4幕)やモデナ版(5幕)とは、音楽そのものが異なる部分もあるほか、同じ音型でも言葉の響きが異なるため、新鮮に聞こえだけでなく、ヴェルディが当初意図した音楽の美しさを改めて認識させてくれるよい演奏であったと思います。
 終演後にフォワイエで開催された懇親会でバスの妻屋秀和さんが語ってくれた話によると、彼は既にフィリップ(イタリア語ではフィリッポ)のアリア<ひとり寂しく眠ろう>を20回以上歌っているそうです(彼には一昨年の第15回マラソンコンサート「為政者たちの運命」でもこのアリアを歌っていただきました)が、フランス語で歌ったのは初めてとのこと。20170923marathon02tsumaya.jpg
 しかしながら、見事な歌唱で、この曲が本来もつ響きを明らかにしてくれたと思います。
 そのほかのソリストの皆さんも、実力を発揮し、聴きごたえのある演奏を披露してくださいました。
 懇親会で聞こえてきた聴衆の方々の感想も、非常に評判のよいものでした。
 また、今回の懇親会では、歌手の方々と個別に交流するだけでなく、マイクをつかって皆さんの前で興味深いお話をいろいろ話していただく機会も作ることができ、楽しんでいただけたと思います。
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2017年06月01日

バッティストーニ講演会(2017年5月27日)

 当協会とイタリア文化会館主催により、指揮者アンドレア・バッティストーニ氏の講演会が、イタリア文化会館アニェッリ・ホールで、2017年5月27日に開催されました。
 バッティストーニさん(以下、バッティと呼びます)の講演会については、東京二期会公演《リゴレット》(2015年2月)および《イル・トロヴァトーレ》(2016年1月)の前にも開催し、今回が三度目になります。今回は、本年9月にBunkamuraで予定されている東京フィルハーモニー管弦楽団の演奏会形式《オテッロ》公演に関連する話題を中心にお話しいただきました。(司会は加藤浩子さん、通訳は井内美香さん)
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 詳しい内容は、Bunkamuraホームページに掲載される予定ですので、ここでは、筆者にとって印象に残ったことをご紹介します。

 《オテッロ》についての話は、アッリーゴ・ボーイトの重要性を強調するところから始まりました。彼がヴェルディの台本作者であったことと、オペラ《メフィストーフェレ》の作曲家でもあったことは、日本でもよく知られていますが、バッティによると、19世紀末のイタリアを代表する詩人でもあるそうです。ボーイトの詩は、リズム、韻、抑揚などがとても音楽的とのことでした。
 そのボーイトがスカラ座でふたつの失敗をしているという話も面白いものでした。
ひとつは、彼の台本にフランコ・ファッチョが作曲した《ハムレット》。シェイクスピアの原作の要所をしっかり捉えたボーイトの台本はとても優れたものでしたが、いかんせん、ファッチョの曲が悪すぎ「凡庸なだけではなく新しくもなかった」「ヴェルディ初期のいわゆるガレー船時代の作品からの拝借と、《ローエングリン》の下手くそなコピーでしかなかった」というもの。これに懲りたファッチョは二度と作曲しようとしなかったとか。(ファッチョは指揮者としては大成し《アイーダ》イタリア初演、《オテッロ》初演などを行っています。)
 もうひとつの失敗は、ボーイト自身が作曲した《メフィストーフェレ》の初演。この初演版の楽譜は現在残っていないのだそうですが、役者だけで演じられる幕や器楽のみのシンフォニーが挿入されるなど革命的な内容であったため、賛否両論が過熱して劇場内で乱闘沙汰が起き警察が介入する騒ぎになったとのこと。その後大改訂を経た第二版は成功し、現在まで生き残る作品となっているわけですが、ヴェルディもこの作品の価値を認め、音楽的に影響を受けているとのことでした。
 ジューリオ・リコルディのおぜん立てにより、《オテッロ》に入る前のヴェルディとボーイトの共同作業の試運転として《シモン・ボッカネグラ》の改訂が行われました。この改訂版でもっとも感動的な場面が、ボーイトによって全面改訂された第1幕第2場「会議の場」です。この場でシモンの命令によりパオロが自分で自分を呪うところがバッティは一番好きなのだそうです。(筆者注:この改訂版《シモン・ボッカネグラ》については、「会議の場」でペトラルカの手紙を登場させるなどの原アイデアはヴェルディが発案し、ボーイトがそれをドラマに仕立て上げていくという過程がよくわかるふたりの間の書簡のやりとりについてが、6月末発刊予定の当協会会報VERDIANA39号に掲載される小畑恒夫「ヴェルディの手紙を読む(27)」で紹介されます。ぜひご覧になってください。)
 さて、その《オテッロ》について、ボーイトは個性的な解釈をしている、とバッティは言います。一例として挙げられたのはヤーゴの造型。シェイクスピアのヤーゴは曖昧な性格を持っていますが、イタリアの聴衆はそうした曖昧を好まないことを(失敗を経験したことで)熟知したボーイトは、完璧にネガティブで悪魔的な存在として創り直した、というのです。そしてそうした人物像を音楽として描き切ったのはヴェルディの才能である、と。典型的な例が第2幕冒頭の<悪のクレード>。原作にはないこの場面、歌詞の内容だけ追うと「俺は悪いやつなのだ」と言ってるだけのようにも見える。それを完璧にネガティブな存在として説得力をもって描き切ったのは音楽の力なのでした。
 このバッティの指摘は、非常に興味深いことです。シェイクスピアの原作におけるイアーゴーは、戦功ある自分を差し置いてキャシオーに副官の座を与えてしまったということのほかに、オセローが自分の妻(エミーリア)を寝取ったと思い込んでいます。その意味では原作のイアーゴーの方がオセローに対して悪意を抱くわかりやすい動機をもっている、といえるのです。それなのにバッティはあえて原作の方が「曖昧な性格」だとしました。それはなぜか? オペラのヤーゴは「妻を寝取られたことへの復讐」というような低次元の動機は口にしません。その代わりに<悪のクレード>を歌うのです。これにより、ヤーゴが持つ「悪意」はより純化され、根源的な人間の業(ごう)であるとか、神あるいは善なるものへの挑戦、という先鋭化された概念として提示されることになります。それが「完璧にネガティブな存在」としてのヤーゴ、というバッティの言葉の意味することではなかったか、と筆者は思うのです。
 さすがに文学にも造詣が深いバッティです。同じようにデズデーモナについても、オペラの方が「イノセントな存在」としての単純化、純化が行われていると思います。それについても聴いてみたかったところですが、残念ながら時間がありませんでした。
 こうして、原作との対比まで考察しながらテキストを深く読み込んでいるマエストロが、演奏面ではどんな解釈を見せてくれるのか。ハイテクを駆使した演出も考えられているとの話もありました。9月のオーチャードホールでの演奏会がとても楽しみです。     (Simon)
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写真提供:Bunkamura コピーライトマーク上野隆文
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2017年04月25日

《イル・コルサーロ》レクチャーコンサートを開催しました

日本ヴェルディ協会の新しい試みとして、ヴェルディ初期のあまり知られていない作品を実演つきで紹介するレクチャーコンサートを4月22日(土)に実施しました。
会場は、2015年11月にもサロンコンサートを行った北区の旧古河庭園内にある大谷美術館。日本近代建築の父といわれるジョサイア・コンドル最晩年の設計になる大正ロマンあふれる洋館で、本年がちょうど竣工100周年にあたります。その響きのよい食堂に満席となる75名の聴衆を集めて行われ、コンサートはたいへん好評のうちに終了しました。全面的なご協力をいただいた公益財団法人大谷美術館の皆様に感謝いたします。
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この日とりあげたのは《イル・コルサーロ(海賊)》。1848年、ヴェルディ35歳の時にトリエステで初演された13番目(改作の《イェルサレム》を除くと12番目)の作品です。
演奏していただいたのは、コッラード役のテノールが澤崎一了さん、メドーラ(ソプラノ)が藤野沙優さん、グルナーラ(ソプラノ)が別府美沙子さん、セイド(バリトン)が原田勇雅さん、ピアノが高島理沙さん。歌手の皆さんは、二期会、藤原歌劇団などに所属する新進の若手実力派。あまり演奏機会のない曲目にチャレンジしていただきましたが、プロのコレペティトゥアである高島さんの協力を得て、声、テクニックともしっかりした安定感のある見事な演奏を聴かせてくれました。
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作品紹介は、当協会常務理事の武田(筆者)が行いました。
従来《イル・コルサーロ》は、「《アルヅィーラ》を除けば、ヴェルディによって書かれた最低のオペラである」というフランシス・トイの言に代表されるように多くの評論家、伝記作者、音楽辞典などから低くみられてきました。これに対して、古くはチャールズ・オズボーン、最近では永竹由幸、高崎保男などの各氏が、この作品に散見される新しい試みや美しいメロディーには無視するには惜しいものがある、とされており、筆者もこの考え方に賛同するので、今回この作品をとりあげたのです。また昨年開催された第16回ヴェルディ・マラソンコンサート「孤独な魂、革命の年」の続編の意味もありました。
その「無視するには惜しい」部分を素晴らしい実演のおかげで十分に味わっていただける会になったと考えております。 (Simon)
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2016年07月17日

第2回「青春のジュゼッペ・ヴェルディ」講演会(@大阪)

 昨年に引き続き、オペラの殿堂スカラ座に初に日本人奏者として乗り込んだヴィオラ演奏家寺倉寛さんに、落語作家小佐田定雄さんが突っ込む、オペラ対談の続編が、2016年7月15日に大阪市中央公会堂で行われました。image.jpeg
 今年は、寺倉さんがヴィオラ・ダモーレを実演されたほか、上方落語界きってのクラシック音楽通として知られる桂米團治さんにも特別出演いただき、さらにパワーアップ。会場も、昨年の小集会室から中集会室になりました。
国指定重要文化財にもなっている中央公会堂は、「北浜の風雲児」といわれた岩本栄之助の寄付により大正7年に竣工した赤レンガと白い列柱・フレームのコントラストが美しいネオルネッサンス様式の建物です。その3階の中央部を占める、中集会室はボールルームダンスの会場にも使われることのある瀟洒なホールで、高い天井にシャンデリアが下がる中央フロアを列柱で区切られた側廊が取り囲む、まさに気分はヨーロッパという空間です。
司会役の小佐田さんの紹介により、寺倉寛さんがヴィオラ・ダモーレを携えて登場。アントニオ・ロレンツィーティ(1740〜1789)作曲によるヴィオラ・ダモーレのためのソナタニ長調「狩り」が演奏されました。後で寺倉先生に楽譜を見せていただきましたが、ハ音記号とト音記号が交じり合い、ほとんどが重音、フラジオレット(ハーモニクス)も多用する複雑な譜面でした。日本でのヴィオラダモーレ演奏の草分け藤原義章先生からコピーさせていただいた楽譜なのだそうです。
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演奏の後で、小佐田さんとの対談に入り、まずはヴィオラ・ダモーレという楽器が話題になります。この楽器は、共鳴箱がなで肩のヴィオラ・ダ・ガンバと同じ系統の弦楽器で、演奏弦7弦と同じ数の共鳴弦をもつため、独特のふくよかな響きを持っています。隣り合った弦がヴァイオリン属のように完全5度の配列ではなく、ニ長調の長和音の配列になっているため、特定の調性の和音を弾くのには便利で、もっぱら貴族の宮廷で独奏楽器として好まれたとのこと。しかしながら全ての調性に対応することはできないので、プロのオーケストラには向かず、だんだんに使われなくなりました。現在でもよく演奏される曲でこの楽器が使われる例としては、プロコフィエフのバレエ《ロミオとジュリエット》とプッチーニのオペラ《蝶々夫人》。特に前者は完全に独奏で弾くシーンがあります。寺倉さんは、テレマン・アンサンブルでこの楽器の経験があったので、スカラ座でもよくこれを担当されたのだそうです。
「ダモーレ(d’amore)」という名前の由来については諸説あるそうですが、ヴィオール属の中でも愛すべき音色を持つ、といった意味ではないか。一方、プロコフィエフやプッチーニなどの後世の作曲家が既に使われなくなっていたこの楽器を「愛の場面」に起用したのは、この名前が影響しているとも言える。いわば作曲家の「遊び」なのでしょうね、とのこと。同じ構造(7本の共鳴弦)を持ったもう少し大きい「バリトン」というチェロ型の弦楽器があって、ハイドンが仕えたお殿様(エステルハージ侯爵)が好んだそうです。image.jpeg
その後、話はスカラ座オーケストラの入団試験のことになります。新しい団員のオーディション審査員はそのパートの楽団員がつとめるのが普通ですが、寺倉さんはもっぱらヴァイオリンの試験に参加していたとのこと。ヴァイオリンの場合、欠員ができて公募すると、約500名の応募があり、一次試験に実際に参加するのは200名くらい。一次試験はモーツァルトのコンチェルト(何番でもよい)から第1楽章と第2楽章を弾くというもの。モーツァルトの楽曲は、美しい音を出すという「基礎テクニック」と「音楽的趣味」を判定するのに最適であるとのこと。受験者は衝立の向こう側で演奏し、声も出してはいけない。審査員は、姿はおろか女性か男性かもわからない状態で音だけを聞いて判定する。それでも異議が出たことがあるらしくて、今では弁護士が立会いのもとで審査が行われている。
二次選考では、ロマン派の大曲をひとつ(チャイコフスキー、メンデルスゾーン、ブラームスのコンチェルトのいずれかを選ぶ人が多い)と、楽団のレパートリーをまとめた分厚い冊子の中からその場で指定された1曲を演奏するというもの。
合格させたいという奏者についての意見は大体一致するものだが、チェロで面白いエピソードがあった。若手の天才的チェリストで、チェロのソロがあるオペラの上演に際してよく参加していたムーティもお気に入りの奏者がいた。チェロの団員に欠員ができて当然彼も試験に参加した。ところが、一次試験合格者のリストに彼の名前がなかった。目隠し試験で団員が落としてしまっていたのである。それからしばらくムーティの機嫌が悪かった、とのこと。
ここで中入り。後半でまず登場したのは、桂米團治師匠。会場に特設された高座にあがります。
噺は上方人情噺の傑作「たちぎれ線香」。船場の商家の若旦那が、ミナミの置屋の娘で芸者の小糸に入れあげ、店の金にまで手をつける、というので問題になり、親族会議が開かれて蔵の中に100日押し込められてしまう。小糸からは毎日手紙が来るが番頭が握りつぶして若旦那には見せない。蔵住まい80日目についに手紙は来なくなる。100日経って蔵から出て改心したという若旦那に番頭が小糸からの最後の手紙を見せる。それには「今生のお別れ」と書いてある。若旦那は、天神さんにお礼参りに行くといって店を飛び出し、ミナミの置屋に駆けつけるが、女将から小糸の位牌をみせられる。若旦那が仏壇にむかって拝んでいると、お仏壇に供えた楽器が鳴り出す。本来の噺では、ここで鳴り出すのは三味線で曲も若旦那が好きな地唄の<雪>なのですが、この日は、若旦那が小糸に贈った胡弓が鳴り出すというお話に変えて、衝立の陰で寺倉寛さんがヴィオラ・ダモーレを演奏。曲もヴェルディの《ラ・トラヴィアータ》前奏曲という趣向になりました。
 男の家の事情で引き裂かれた恋のためにヒロインが死んでしまうという点で、《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》と似たお話であることはたしかです。落語の場合は、下座で三味線のほかに女声の唄もはいるのが一般的ですが、主声部のほかに伴奏部まで奏でてしまうヴィオラ・ダモーレの多彩な音色が、実にその場に合っていて感動的でした。しかも、悲劇の前奏曲でありながら長調を採用したヴェルディの天才的なひらめきが感じられるこの抒情性豊かな曲の趣が、最後は思わぬ下げで締めくくる落語の「調性」ともうまく合っていたような気がします。
 落語のあとは、寺倉さん、小佐田さんに、米團治さんも加わっての鼎談。クラシック好きの米團治師匠は、もともとプッチーニファンだったとのことですが、最近になってヴェルディの「深さ」がわかるようになってきた、とのことでした。特に《ラ・トラヴィアータ》については、作曲当時を背景としたヴェルディ唯一の「現代もの」であるだけに、人間の生の感情に直接迫る作品になっているのではないか、といったお話が印象的でした。
 本年は大阪・ミラノ姉妹都市提携35周年にあたり、大阪市ならびにイタリア文化会館大阪からもご後援をいただきました。関係各位に感謝いたします。そして、当協会主催とはいっても、実質は地元の会員高岡将之さん率いる実行委員会がすべての運営をとりしきりました。青春のジュゼッペ・ヴェルディ実行委員会の皆様、お疲れ様でした。
                                     (Simon)
               
posted by NPO日本ヴェルディ協会 at 15:10| Comment(0) | 講演会報告