日本でも人気があり、しかも東京公演では聴けないランカトーレさんが生出演するとあって当日は多くの非会員の皆様にもお集りいただき、入場者数240名という大盛況でした。
まずは、ランカトーレさんが《ラ・トラヴィアータ》で一番好きなだという第3幕のアリア<Addio del passato(さようなら、過ぎ去った日々よ)>を繰り返しつきで熱唱。

その後で、対談に入りました。
ランカトーレさんは、2007年にベルガモ・ドニゼッティ劇場《ランメルモールのルチア》公演で初来日していますが、実は日本で聴衆の前で歌ったのはこのアニェッリホールが最初とのことです。そして、声の成熟とともに芸域を広げ、ヴィオレッタ役は2013年から歌い始め、日本での公演は今回で3回目とのこと。まずは、なぜこの第3幕のアリアが一番好きなのかと問われ
「第1幕とは違う、真実の魂の言葉が語られているから。特にいわゆる第2番に<(娼婦であったために)世間から遠ざけられた自分のお墓には、涙も花も、名前が刻まれた十字架も供えられない>という彼女の悲痛な心を歌う重要な歌詞があるので、私は必ず繰り返し部分(2番)も歌うようにしているのです。」
そして《ラ・トラヴィアータ》という作品については、「母も歌手で、私は小さい時から劇場で育ち、ヴィオレッタには3歳の時からあこがれてました。正しく歌えるようになる時が来るのをずっと待っていた役なのです。」と思いを語り、前々回のプラハ来日公演の時とはまた違ってきている印象を受けるが、という問いに対しては「役というのは子供みたいなもの。どんどん育っていくのです。
2013年から歌い始めたヴィオレッタの役も6年間で、声楽的にも精神的にも大きく成長しました。」

そこで、司会者から最近「ご結婚されたそうでおめでとうございます。」という話題を振られると、「結婚して精神的な安定を得られ、ますます芸に専心できるようになったと思います。夫も音楽関係者なので家庭でも音楽のことを忘れることはできませんが、幸いクラリネット奏者なので声は出しません。(笑)実は、私の父もクラリネット奏者だったのですよ。母はソプラノといってもドラマティックな方だったので、私が若くてレッジェロのソプラノだった頃、どうしてそんな高音が出るのかと聞かれて<父が出すクラリネットの音を受け継いだのよ>と答えたことがあったわ。(笑)」と、思いがけない楽しい話が飛び出しました。
バリトンのヴルタッジョさんは、まだ若く(1982年生まれ)今まではベル・カントのレパートリーを歌ってきており、父ジェルモン役はこの日本公演が初めてとのこと。ジェルモンは悪役というイメージもあるが、どのように捉えているか、と聞かれると
「ジェルモンは世間的なことを気にする人物であり、そうした世間を代表しています。その彼が息子と別れてくれといってもヴィオレッタはなかなか承知しません。その時に彼が切り札として持ち出したのが、もう一人の娘が清純・無垢であるということ。自分はそうでないことを知っているヴィオレッタをそうやって説得していくのです。」
また、今まで歌ってきたベル・カントの諸役とヴェルディの違いは何かと聞かれ
「必要とされるベル・カント唱法や声楽技術においての違いはありません。違うのはより人間的な感情表現ではないでしょうか。」
ピアニストのモレッティさんにも、ソロのピアニストと伴奏者としての違いや、《ラ・トラヴィアータ》の魅力について語っていただきました。
「一番の違いは呼吸ですね。ソロの場合は、自分の呼吸で演奏していればよいのですが、歌手の伴奏の場合は、歌手の呼吸に合わせて歌いやすいように弾く必要があります。また、本来オーケストラの曲をピアノで弾く場合は、できるだけその音色の特徴が出るように考えています。」
対談のあと、《ラ・トラヴィアータ》の中でも中心となる約20分の大曲、第2幕ヴィオレッタとジェルモンの二重唱<Pura siccome un angelo (天使のように清らかな娘を)>を演奏していただきました。

そして、その興奮も冷めやらぬ中、司会者からサプライズの紹介がありました。本日の出演者3名の生まれ故郷シチリア最大の歌劇場、パレルモのマッシモ劇場が来年6月に《ノルマ》と《ナブッコ》で来日公演を打ちます。その《ノルマ》の主役を歌うランカトーレさんが、この作品で最も有名なアリア<Casta Diva (清らかな女神よ)>をこの場で歌ってくださるというのです。
そして、モレッティ氏のカンタービレに満ちた美しい前奏に導かれてその演奏は始まりました。
ドラマティックなヴィオレッタの歌とはうって変わった神々しい祈りの曲が、素晴らしいスピアナート唱法で歌われ、大喝采のあと、この曲についてのインタビューも行われました。
ランカトーレさんがノルマを歌い始めたのはつい最近、2018年からのこと。彼女にいわせれば故郷シチリア出身のベッリーニはベル・カントの「Il Re(王)」といわれる存在。その彼の作品の中でも《ノルマ》は別格の作品でいわば「La Regina(女王/王妃)」。それにふさわしい歌唱ができるようするには誰をお手本とすべきか、と考えたそうです。もちろんノルマといえばマリア・カラスですが、カラスの声はそれこそ別格で自分とはタイプが全く違うので、自分の声やスタイルに近いタイプの名歌手として、ビヴァリー・シルズとマリエッラ・デヴィーアを考えられたそうです。泉下のシルズさんに教えを乞うわけにはいきませんがデヴィーアさんはまだ健在なので、その教えを乞いました。そして、デヴィーアさんを表とするダブル・キャストの裏として《ノルマ》出演を果たしたのだそうです。そして、同じタイプとはいえ、師匠と自分にも違いはある。完璧なテクニックをもつデヴィーアさんのノルマが神々しい巫女であるとすれば、リリコの声を持つ自分のノルマはもっと人間くさい「女」としての側面を強調したものになると思います、とのことでした。バッティストーニが指揮をし《ナブッコ》も上演されるということで、来年のマッシモ劇場公演が待ち遠しくなる歌とお話を聞くことができ、大喝采のうちに講演会は終了しました。 (Simon)※
※この講演録は筆者が当日聞き取った内容に基づいたものであり、筆者の聞き間違いによる不正確な記述があるかもしれません。内容に関する責任は全て筆者にあります。